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今までの経緯
トラに選ばれたかと思うと

Java島に流され、本物のトラと遭遇。

神託によって集められた知性を取り出すために、

奇妙でセクシーな蛙を飼うことにした。

首都Jakartaにしょっちゅう出かけていくわれ等の神は、

われわれにJavaの真価を見せ付けた。

僕も、首都に行けたらなぁ と、首都からやってきていた猫(雄)につぶやいたら、

狼の本当の姿は熊だと教えてくれた。


# Oreillyの表紙をご覧ください

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さんまの功罪
うーん。今日は色々あったが(いや、まだ大学ですが)、ちょい事件発生なので報告を。



臭うぜ

今日、私はY内研にたたみ1畳分のスペースを用意していただいた。
Y内研には本当に畳2枚が用意されているので、これを敷いたというわけだ。

居住空間を得た私は、卒研発表で使うパワーポイントを作り出した。


さて 時はすぎ、一部の人間が晩御飯を作り出した。
「さんま飯」だということで、付き合いで サティに、「合わせ味噌」と「塩」を買いに行った。事件はこのあたりから始まる。

当然のことであるが、研究室には魚を焼くためのコンロは設置されていない、そこで用意したのがカセットコンロ。 カセットコンロの上にさんま4匹をのっけた。 

私は、別室である畳を与えられた部屋でサンドイッチを頬張っていたのだが、 一人の人間が走ってきて、窓を開け出した。 

「何事だ!?」 私は、聞いた。
「ものすごい臭ってるねん」 そう答えて彼は戻っていった。

私は、好奇心に駆られ、さんまを調理している部屋へ向かった。
そこでは、臭いどころか モクモクと煙さえ出始めていた。 

白い。ものすごい煙だ。

「おいおい、火災警報器に検知されるぞ」
「うお。ホンマや」
「アカン、アカン」

一旦、調理作業は中断された。

「うーん。どうしようか・・・」
「これ無理ちゃうの」
「どうするん、あきらめるか」

色んな思いが交叉した。

「とりあえず部屋ん中は無理やで」
「外やな、今日は暖かいし大丈夫」

外。

意見が固まったようだ。

そうだ、カセットコンロであるのだから移動が可能である。さんま4匹を抱えて彼らは外に行くことが決まった。うむ。これで一安心だろう。私はたたみ1畳を与えられた一室に戻った・・・・が、また好奇心に駆られた。どこで焼いてるんだろう。すぐさま、彼らの後を追おうと考えた。

廊下に出た。

む、魚臭い

おかしい。外ってどこで焼いているんだ。 向こうの方から、ひとりY内研の人間が帰ってきた。

「おい、どこで焼いてるんだ!?」 私は聞いた
「お、あそこの渡り廊下」

なるほど。Y内研は6階に位置している。そしてこちらは1号館。2号館に続く渡り廊下は火災を検知する機能もないし、なによりも網で囲われているだけで確かに外だ。1階に下りていくのは面倒と判断したのだろう。 
しかし、この臭いはなんだ。 なんとはた迷惑な。 

渡り廊下に向かった。 すでに、渡り廊下に出るための扉の前がうっすらと白く濁っていた。風向きがもろ、廊下向きだ。 というか、この渡り廊下 外は外だが、先ほどのべた網がかなり分厚い。そのせいで煙がモウモウとこもってしまっている。調理をしている人間はこのままでは死んでしまうのではないかと一瞬思えた。ちょっとこれは、一緒にいるのも辛いと考え、Y内研に戻ることにした。

うむ。Y内研に戻ってきたところでも臭っている。こりゃ、ちょい問題だなぁ。と思いながら、このブログを書いてたら。どうやら調理は無事に終わったようで、向こうの部屋では和やかに晩御飯が始まったようだ。 よかった、よかった。


参考写真:
070206_2015~01.jpg

↑わかりにくいが、割り当ててくれた居住空間畳1枚
 意外に素晴らしく快適。



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↑燃ゆるさんま群
途方もなくいまさら、香港見聞録
周りの人間が、卒業旅行の予定を立てているのを見て、ひじょーにうらやましいので(貧乏っていやですね)

いまさら、私が香港に約2週間(正確には17日間だったけ?)滞在したときのことを写真を交えて記載します。


050908_1313~01.jpg

とかく、向こうでおいしいのはマンゴーである。
もう、マンゴーが一番おいしい。
上に、ツバメの巣が乗ってたりする、もう意味がわかりません。
本当にツバメの巣なのかぁ?とか思いつつも食べる。初めてのツバメの巣であった。


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お次のは 相方が食べたやつですね。 向こうには、マンゴー専門チェーン店があるのだ。 驚きです。


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香港は、英語だ。とかいう口車にまんまと乗せられてしまっていた(←言いすぎ)。
向こうは、もろ漢字大国でした。 
漢字をマスターしないととても生きていけません。

ポッキーもこの通り、漢字。
一体なにを訴えている一文なのか 検討もつきません・・・


050909_2229~02.jpg

さて、上のポッキー 開けてみると、このように 日本では湿気ないようにと袋が2つになったのに、向こうでは旧来の1パックのまま!!なんと なつかしい!!!


051002_2221~01.jpg

2週間も滞在すれば 体力の減退もやむをえない。
そこで手に入れたのが こいつ リポビタンDぇええ!!

これまた 漢字だぁああ!

しかし、日本語読みで 「リポビタンD」 と読めなくもなかったりするから 不思議である。
上に 「LIBOGEN」 とあるから 「リボゲン」 とでも読むのだろうか? 発音も似ている。
下に 我々にやさしく 「リポビタンD」 と、ちゃんとある。
バッタモンじゃないというわけだね。 ほっ(安心)。

このように 香港では日本製品が、意外に手に入る。
お世話になった香港城市大学の購買で「チーズおかき」が購入できたときは 泣きそうになりました:-)
物理の本には衝撃を覚える
物理の本には衝撃を覚える

物理の本は、私を変えるだけの力を持っている。
ペレリマンという作家をご存知だろうか? たぶん知らないだろう。
彼は、おもしろい物理の本を書くロシアの物理学者だ。日常的に起こる物理現象を、幼いころ兄から教わったエピソードや、ガリバー旅行記といった古典文学を通して説明してくれる。堅いところなど、どこにもなくグイグイ物理の世界に我々は引き込まれる。

いつか、 いや、今すぐにでも私もコンピュータの世界でこんな本を書いてみたい。しかし、それはまだ叶いそうにないようだ。

今回は、ペレリマンのことはちょっと置いておいて、私が、初めて衝撃を受けた物理の本にまつわるエピソードをお届けしたい。

あれは私が小学校低学年のころだと記憶している。その本の題名もまるで覚えていないし、当時の私の年齢も覚えていない。でも、その本に書かれていた内容だけはしっかり覚えている。

小学校には当然のことであるが、図書室がある。
当時、図書室で人気があった本は、歴史を漫画で紹介した本だった。今でも有名な学習漫画シリーズだ。しかし、私は歴史にまったく興味がなかった。

なぜ、それほど競争までしてその歴史本を取り合うのか、私には理解できなかった。そんな多くの学生とは少しばかり変わった趣向をもった私は、図書室の誰もいない 太陽の光もあまり届かない本棚にふらりと立ち寄った。

私が手にしたのは とても薄い物理の本だった。大学受験を向かえるまでそれが物理の本だとは認識できなかったが、それは私を物理好きに変えた最初の1冊だった。

その薄い本には「光の速さ」について記されていた。それこそ小学校低学年にも わかるくらい イラストだらけの本だった。

まず、車の速度が棒グラフで表されていた。車の絵があって横に棒線が延びていた100km/h だった。その下にミサイルの速さが載っていた、車とは比較にならないくらい棒線の長さがすごかった。
その下には、宇宙へ飛び出すためのロケットの速さが載っていた。それだけでもなんて早いんだと私は独り興奮していた。でもそのページの一番下に次のページで君たちはもっと早いものを知ることになると書かれていた。

私の胸は躍った。ワクワクしながらページをめくった。そこには お星様が描かれていた。そこから黄色い帯が次のページへと また次のページへと伸びていた。

黄色い帯は、車・ミサイル・ロケットの速さを表していた棒線に相当するものだった。
黄色い帯は、次のページ 次のページへと伸びていった。
私は、何枚ページをめくればこの帯は終わるんだろう、と ドンドン ページをめくった。 

やがてその帯は終端を迎えた。私はとても信じられなかった。胸が躍るどころか、まるで騙されているに違いないと思えるほどだった。 あまりにもその帯は長すぎたのだ。

しかし、その本はまだ私に教え足りてはいなかった。

次は光の速さを数字でお見せしようというのだ。
さあ次のページをめくりなさいという指示に従い私は次のページへと進んだ。

そこには0がいっぱいならんでいた。先の黄色い帯と同じように0は次のページへと続いていった。数字は習っていた百を越え千を超え万をはるかに越えていった。
なんと読むのか想像もつかない数字だった。0は、次のページまた次のページへと繋がっていった。

あきれるほどのページを私はめくっていた。もうこの楽しい本が終わってしまうではないかというところで0は終端を迎えた。

最後に地球の絵があった。光は1秒間に地球を何週もすることが書かれていた。とても信じられなかった。でも、それは真実のように思えた。

こうして私は、光のあたらない隅においやられていた書物により物理好きになった。

その後、当面、かの面白いのであろう歴史本をめぐって競争は続けられていた。「俺が一番先に読み終えた」などという声もちらほら出だした頃でも、当然のように私はその競争に参加しなかった。次に私が手に取った本はなんだか想像がつくであろうか?

それは

「方言」にまつわる本だ!

日本津々浦々には「方言」と呼ばれる言語が存在したのだ。そして私がしゃべる日本語も関西弁であることを知ることになる。とても興味深かった日本人は同じように日本語を操っているわけではなかったのだ。まったく理解できない言葉がそこには載っていた。どこともしれない緑豊かな山を背景におばあちゃんの写真とともに 聞いたこともない言葉が記載されていたのだ。 今となっては思う。この瞬間にプログラマとしての素養は整ったのだと。

「物理」と「方言」 この間には、なんの関係もないように思えるが、まさにこれこそプログラマが興味を示す対象と考えてよい。

「物理」はこの世のルールを解明していく学問である。なぜ物体は落ちるのか考える。物理の式は、そのルールを解き明かし綴ったものである。

プログラムはどうか? コンピュータがどのように動くか示すために綴られた文字の羅列だ。 
物理の式は、それを勉強していない人にはわけのわからない式に見えてしまうのと同じように、プログラムもわけのわからない文字の羅列に見えるかもしれにないが、何も恐れることはないコンピュータがどのように振舞うのか人間が示したものなのだ。
物理学者はこの世のルールを解き明かし、それを書き示す。プログラマはルールを造り、そのルールを書き示す。

解き明かすのか造るのか そこに少々の違いは見て取れるがその魅力は良く似ている。

「方言」の方はどうか? 

これこそまさにプログラム言語といっていいものである。

プログラム言語には数限りない種類が存在するが、その目的はただ一つ。コンピュータがどのように振舞うかを示すものである。

日本人は、意志の疎通を日本語で行う。 だがしかし、実は日本語には数限りない種類が存在したのだ。 
その地方の者でしか理解できないような言葉さえ数限りなく存在する。
まさにプログラム言語だ。コンピュータがどう振舞うか、それを指し示す言語は、方言のように数限りなく存在する。 私は小学生のころからプログラムが好きになるはずの行動を見せていたのだ。

前回の続きです
この記事は、前回の記事 の続きです。そちらを読み終えてから、読んでくださるとうれしいです。

さて、こんなプログラマが身近にいるわけであるが、私はいったいどうなのであろう? 
ちょっと考えてみた。要は食生活および私生活においても普通では考えられないような生き様を見せるのがプログラマである。

私の食生活はどうだろうか!? 

思い出した、私の食生活で欠かすことができないのは炭酸飲料である。炭酸飲料というと体に悪い、骨が融けるなどと揶揄されるが、たしか私がかなり不得意とする化学を独学していて気づいたのだが、骨が融けると言われる原因は炭酸つまり二酸化炭素にあるのではなく糖分のほうにあるのではないかということだ。

今や、まったく論理的な説明はできないがここでは糖分が骨を融かすとして話を進めると、何も炭酸飲料が悪いわけではなく糖分を多く含む全ての食料が骨を融かす悪ということになる。いやいや私が言いたいのは骨が融けるとかどうとかそういうことじゃなくて、炭酸飲料には多くの糖分が含まれているということだ。悪く言われたのも、この糖分の多さに起因するところが多い。私は、食事のときに炭酸飲料がないと非常に落ち着かない体質であった。今は悪い癖だと思って食事のときに炭酸飲料を飲まないようにと心がけているのだが、この2人の行動を見る限りなにも悪い癖でもなんでもないような気がしてきた。納豆と一緒にコーラーを飲んだって何も変ではないじゃないか!?私にとっては食事という時間は糖分を摂る時間であったのだ。彼らはアイスクリーム、私は炭酸飲料であったという違いにすぎない(もう言い切ってしまおう)。

ここで思い出されるのが女の人から「甘いもの好き?」と聞かれるとき、どう返事をしていいか迷っている自分がいることである。彼女たちが甘いものといって指しているものは間違いなくケーキであろう。しかし、私は、ケーキは一つで充分だ。何ヶ月か前、内定祝いということで大学でささやかなパーティを開いてもらった。そこで最後に登場したケーキを召し上がったある女の学生が 食べ終えて「あ、幸せ」と幸福の絶頂を表現していたが、私はとてもケーキでそこまで満足できない。後で、その学生に話を聞いてみたら 幼かった頃の甘い記憶がよみがえるような とてつもない幸せにケーキを食べることで遭遇できるということだ。

なるほど 幼い頃は、誰かに守られ、特に憂鬱になることもなく平和に過ごせたことであろうと考えると、ケーキを食べることで確かに幸福を味わえるように思える。
が、私はまったくもってそこまで幸福を感じない。ケーキを食べて幸福を感じるというのは男性陣一般には理解しがたい現象なのであろう。このことに関する記述は一世を風靡した「話を聞かない男、地図が読めない女」という書物におもしろい記述があるので読んでみることをお勧めする。

さて、それは置いておいて果たして女性がよく質問に出す「甘いもの好き?」つまり「ケーキ好き?」であるが、ケーキは本当に甘いのだろうか? 私にはそのクリームの比率とスポンジの比率からいってケーキは甘くないだろうと言いたい。クリームの割合が2割程度であとはスポンジなのがケーキという存在ではなかろうか?やはり私はケーキはスポンジのせいで喉が渇くと言いコーラーと一緒に食べていたものである。でもやっぱりそれでは不釣合いで、甘いものにはコーヒーなどが飲料として向いているのではないか?という 今となってはどうでもいいようなアドバイスをもらいケーキにはコーヒーを飲むようにしてきたが、やはりこの場面もコーラーを飲むことはプログラマとして大きく間違ってはいないだろう。


という、話が行ったり来たりするようなところで 筆をおこう。

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プロフィール

ビンゴ中西
Perlが好きである。
プログラミング言語のほとんどは独学。独学の過程で多くのプログラム仲間にも色々教わりました。

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